認知症にかかると嘘をつくことが増えます
初期の「取り繕い反応」から「作話」と、認知症が進行するにつれ嘘が酷くなってきます
人間は嘘をつく
「嘘をつく」ことは、人間の社会的な営みの一つです
一般には、嘘をつくことは悪いことですが、たとえば大切な人を「守る」ために嘘をつくことがあります。争いを回避するために、あえて嘘をつくこともあるでしょう。人生で一度も嘘をつかない人がいるでしょうか?
「人をだますためにつく嘘」と、「人を救うためにつく嘘」とでは、心の動きは大きく異なります。このため、嘘の研究は難しいと言われてきましたが、最近は少しずつ進歩しています
嘘をつくときの脳の活動
嘘をつくときの脳活動がさまざまな方法で記録され、嘘をつくために活動する脳領域が解明されてきました。研究によれば、嘘をついているときの脳では、背外個前頭前皮質、腹外側前頭前皮質、前部帯状回、腹内側前頭前皮質(前頭葉基底部に含まれる)、背内側前頭前皮質、扁桃体という部位が興奮・活動しています
興味深いことに、嘘のつき方や目的によって、それぞれ活動部位が異なります
嘘には、知っているのに「知らない」と嘘をつく場合と、知らないのに「知っている」と嘘をつく場合があります。前者では、前部帯状回が活動することが知られています。知らないふりをして嘘をつく行為は、何らかの心理的葛藤を伴っていると考えられています。また、背外側前頭前皮質は、何らかの目的をもった「意図的な嘘」をつく際に活動するという研究も注目されます
パーキンソン病という神経難病があります。筋肉が硬化して動きにくくなり、手指のふるえ(振戦)が生じる病気です。この病気では、性格が真面目で正直になることが指摘されています。つまり、パーキンソン病を患う人は嘘をつかないというのですが、パーキンソン病患者をPETで検討した結果、前頭前野、特に背外側前頭前皮質の働きが低下していると報告しています。パーキンソン病の人が嘘をつかないのは、前頭前野の働きが低下しているためと考えられます
嘘的な言動と認知症
認知症では、意図的な嘘をつくことはあまりないと思われますが、さまざまな「嘘的な言動」が知られています。たとえば、アルツハイマー型認知症における「取り繕い反応」です
アルツハイマー病の人はしばしば、「自分が正常に生活できていること」を強調します。生活上の失敗があってもそれを認めず、隠したり他人のせいにしたりしながら、自分が元気であること、健常であることを周囲に強調します
「ない、ない」と騷いでいた財布が自分のバッグの中から見つかっても、「誰かが入れたんだ」と強弁します。失禁しても自分が原因とは認めず、鍋を焦がしても堂々と他人のせいにします。
「取り繕い反応」は嘘とは異なりますが、初期の頃には嘘に近い言動となることがあります。この、他人のせいにするという心理的機転はやがて、「物盗られ妄想」の要因となっていきます
「作話」で嘘をつく認知症患者
作話という認知症の症状は文字どおり作り話ですが、必ずでたらめな内容を伴います。たとえば「どこへ行っていたか」という説明をする際に、まったくでたらめな内容を平然と語ります。
ある認知症患者の実話を紹介します
ある日、「仕事に行って来る」と言って入院している病院を出て行きました。病院内を歩き回って帰ってきたその人に、看護師が「仕事はどうでした?」と訊くと、「まあまあだった」と答えます。「お仕事は農家さんでしたよね」と訊ねると、「そうだよ」と言います(実際に、元農家さんでした)。「野菜をつくっているんですか?お米ですか?」と問うと「野菜さ」と答えます。「どんな野菜ですか?」と訊けば「キャベツだよ」などと言います
まったくの根も葉もない嘘ではないのですが、嘘のような話がどんどん拡大していきます。こちらから「野菜ですか?お米ですか?」「どんな野菜ですか?」などと具体的なことを訊かなければ話が拡大することはありませんが、堂々と嘘で固められた話を語る姿には驚かされます
アルツハイマー型認知症と嘘
このような作話や取り繕い反応を堂々と見せるのは、アルツハイマー型認知症やアルコール性認知症などの特徴と思われます。おそらく、認知症を患っていても前頭葉の働きが保たれている場合には、作話や取り繕い反応が生じるのでしょう。逆に、前頭葉が侵される前頭側頭型認知症では、これらの反応はあまり出てきません
アルツハイマー型認知症でも、症状が進行して前頭葉に病態が及ぶと、嘘的言動はできなくなると推測されます。嘘や作話が語られたときには、前頭葉の嘘に関わる脳領域(外側および内側前頭前皮質、前部帯状回、前頭葉基底部など)の働きが保全されていると考えることができます